自動で車庫から出て公道を走行し、道路わきで人の乗車を待ち、目的地を理解して最善経路を把握する、そのような車を想像してみてください。その車に乗り込む人は、もはや運転者ではなく乗客です。通勤時間のラッシュアワーの中を自分で運転するのではなく、朝食をとったり、仕事をしたり、映画を見たりして過ごすことができます。目的地に到着した車は、道路わきに停車して乗客を降ろし、自ら駐車場を見つけたり、引き続き次の乗客にサービスを提供したりします。
このような将来のシナリオは、完全な自動運転の車両を目指すビジョンによって着実に現実に近づいています。完全な自動運転の実現は、モビリティの将来を決定付けるものであり、その舞台裏では世界中の自動車メーカーやテクノロジー企業の間で開発競争が激化しています。
ブルッキングス研究所によると、2017年6月までに、自動車メーカーやこの分野に関心を寄せる大手テクノロジー企業などのさまざまな企業が、自動運転車両の開発に約800億ドルを投入しており、開発に参入している企業間で競争が激化しています1。誰が勝者となるかは現時点では不透明ながらも、すべての参入企業が人工知能(AI)、データ管理、法規対応、公共の安全性、技術的な拡張性という5つの中核分野で、大きな課題に直面しています。これらの課題を深く掘り下げて検証する前に、まず現在の状況を確認することから始めるのが賢明でしょう。
LyftやUber、グーグルのWaymoがテスト走行をさせている自動運転車は、従来からのステアリングハンドルを装備し、外見も典型的な車さながらの印象を与えます。しかし、2021年までに登場するほぼ完全な自動運転車両は、通勤電車に乗っているような体験をもたらすでしょう。自動運転の車両は、前方席に2人、後方席に2人という乗車スタイルではなく、テーブルを挟んで4人が対面で着席するようなスタイルになる可能性もあります。また、乗客が快適に睡眠をとれる空間も用意されるかもしれません。実際、自動車を所有することが多くの人にとって最良の選択肢ではない時代に差し掛かっています。それによって、自動車メーカーは100年以上続いてきたビジネスモデルに対して強いプレッシャーを受けています。特にヨーロッパでは、バスや電車、あるいはLyftやUberのようなサービスを含む移動手段が多様化する中で、旅行者が車をほとんど必要としない場合もあります。
開発競争の勝者を目指す自動車メーカー
TeslaやWaymoといった新興企業が自動運転車の開発において初期のリーダーとして優勢を誇る一方、事業の先行きに行き詰まりを見て取った大手自動車メーカーは、開発に対して、多大な投資を行い、パートナー企業と連携し、リソースを投入しています。
ブルッキングス研究所によると、世界中のあらゆる大手自動車メーカーが、この創生期において市場で優位に立つことを望んでいます。そして、創生期における市場での競争に身を置いていない企業は、競争上の不利益を避けることに注力しています。自動車メーカーは、Bosch、Continental、Delphi Automotiveなど自動車部品大手サプライヤーと協力関係にあります。
一方で、路上走行テストやシミュレーションではペタバイト規模のデータが生み出されるため、膨大な量のデータへの対処が課題となります。多くの自動車メーカーは、これらデータ問題の解決についてコンピューターサイエンス企業に依存しています。
また、テクノロジー企業もこの開発競争に参入してきています。多様な企業が参入してくるなか、Waymoだけでなく、AppleやMicrosoft、Alibabaも存在感を増しています。また、Intel、NVIDIA、Qualcommといった他のテクノロジー企業も多額の投資を行って、自動運転車両に必要なマイクロプロセッサーの製造を目指しています。初期の導入者となる可能性が高いライドシェアサービス企業や物流企業といったフリート事業者も、投資を行っています。これらの企業は、まとまった距離の走行データを機械学習アプリケーションに提供する準備ができており、将来のモビリティと輸送手段の変革に貢献することが期待されています。
自動運転車両の開発競争がどのような展開で決着を迎えるかについては多くの憶測が飛び交っていますが、参入企業はまだ主導権争いに留まっており、2019年にはさらに多くの取引やパートナーシップ提携が起こることが予想されています。すでにトヨタが、ライドシェアサービス企業であるUberに5億ドルを投資して、2021年までに自動運転車両の実用サービスを提供することを目指しています4。また、ホンダと米ゼネラルモーターズが提携して、自動運転車両の共同開発に乗り出すことを発表しました5。その他にも、Argo AIとフォード6、Waymoとクライスラー7などが提携を結んでいます。
テクノロジー企業がより優れた自動運転車両を自社だけで開発できるという見解を立てたとしても、実際に量産レベルの体制で車を製造するには、自動車業界の巨大なネットワークに含まれるサプライヤーやシステムインテグレーター、そして自動車メーカーとの提携が必要です。
つまり、いかなる企業も単独で成し遂げる可能性は、極めて低いと言えます。製造の経験が豊富な自動車メーカーであっても、より優れた自動運転車両を迅速に開発するには、次世代のコンピューターサイエンスとデータ管理、そしてAIに関するスキルを得る必要があります。
克服すべき5つの課題
当面のタスクとして、自動運転業界が成功を収めるために克服すべき主要な課題が5つあります。
AI(人工知能):自動車メーカーは、AIを取り組むべき新しい分野として捉え、専門知識を得るためにシステムインテグレーターやテクノロジー企業からの多大な協力を仰ぐ必要があります。自動車メーカーは、ペタバイト規模のデータの流れを管理するためのAIプラットフォームと、すべてのデータを解釈するためのAIエキスパートを獲得する必要があります。これには、柔軟性と俊敏性を備えたチームで働くことができる人材をクローバルに採用する必要があります。
また、AIとモノのインターネット (IoT) の技術を融合させ、将来に向けて活用を推進する必要があります。すでに、走行テストの現場に近いエッジコンピューティングデバイスはIoT環境に組み込まれており、近い将来、継続的な改善に必要なパフォーマンスデータをAIに供給することになります。将来のイノベーションに向けて公道走行許可を得るためには、AI技術とドライバーの知識を安全かつ追跡可能な状態で管理する必要があります。
データ管理とプライバシー:多数のテスト走行によって、ペタバイト規模のデータが世界中で毎日、生成される可能性があります。自動車メーカーは、意図した状況でテストした最善のデータセットを取得して、適切な研究開発 (R&D) チームに提示する必要があります。たとえば、研究開発チームが、突然道路の右側から歩行者が横切ったときに車両がどのように反応するかをテストしている場合、チームに必要な情報はその特定状況のビデオだけであり、車が遭遇した他のシナリオで生成された膨大な数のフレームは不要です。
さらに、消費者データに関する課題もあります。新世代の車では、道を曲がった回数から、乗客の外食先、買い物場所、仕事場、さらには休暇中の移動先まで、あらゆるデータが追跡されます。自動車メーカーは、これらのデータを利用して消費者を支援する方法を考案する一方で、プライバシーに関する問題についても明確に取り組む必要があります。
行政上および法的な位置付け:自動運転車両に関する規制が、事業者団体や独立系の標準化団体によって運用されるのか、政府機関によって実施されるのかは、国によって異なります。また、自動運転車両が市場に登場する中で、不可避の事故やその他の損害賠償責任に関する紛争が起これば、まったく新しい判例法や自動車保険が策定されることになります。
米国では、自動運転車を公道でテスト走行させる許可が州政府によって徐々に付与され始めています。例えば、Waymoは、アリゾナ州フェニックスでテスト走行を行っており、2018年10月にはカリフォルニア州がWaymoに、テストドライバーの同乗しない自動運転車を公道でテスト走行させる許可を初めて与えました8。Waymoは、同州のロサンジェルス、ロスアルトスヒルズ、パロアルト、サニーベール、およびマウンテンビューでテスト走行を開始しています。
2018年の夏には、中国政府がダイムラーに、北京の公道でのテスト走行を許可しています。また、ダイムラーは米国とドイツでもライセンスを取得しており、2019年末にはカリフォルニア州で、自動運転によるライドシェアリングの実用サービスを提供開始する予定です。
公的な支援と安全性:携帯電話が初めて登場した際、着信可能な範囲は不十分でした。消費者はそのことに不満を覚えましたが、自動運転車両はそれ以上に多くの問題を抱えています。自動運転車両に関係する事故が発生した場合、自動運転業界は、この急成長するテクノロジーの可能性について長期的に評価してもらえるよう、多大な努力をもって世論に働きかける必要が出てくるでしょう。10年以上にわたり、自動運転車両は交通事故による死亡者数を大幅に削減し、個人やビジネスの旅行者に隔たり無く高い利便性をもたらすはずです。
これらの期待が満たされるかどうかは、まったく不明な状況です。現時点では、自動運転車両が長期的に安全であることを実証するデータは存在しません。そのため、自動運転業界は透明性を維持するために、次世代のデータ処理・AI技術と自動運転車両に関するテストの進歩状況について頻繁に公表する必要があります。自動車メーカーが安全で信頼性の高い自動運転車両を製造できることを証明できれば、社会的な信頼が増し、自動運転車両を受け入れる土壌が育つはずです。
スケール:どの企業がほぼ完全な自動運転車両を初めて市場投入するのかは、2019年中には明確になる可能性もあり、Tesla9とWaymoの両社が実現できる態勢に近づいていることがうかがえます。大手自動車メーカーは、新興企業が自動運転車の公道走行を初成功させることについてはそれほど危惧していませんが、自動運転車を大規模に量産できる体制を整えるのがどの企業になるかについては高い関心を寄せています。量産体制を実現するには、自動車メーカーはスタートアップの状態から次の段階へ移行し、工業化されたレベルに向けて必要な構成要素を特定しなければなりません。その際、データ管理が重要になります。自動運転車両を大規模に製造するには、標準化されたデータ収集方法が必要であるほか、検証と妥当性確認を行うアルゴリズムとデータ交換のためのオープンエコシステムも必要です。これにより、自動車メーカーとそのパートナーを含む開発ネットワークは、自動運転車両開発のテクノロジーの進歩に合わせた継続的な改善を実現できます。
成功のための協力関係
大手自動車メーカーは現状では若干遅れをとっている感がありますが、将来的には勝者となっていることを確信しています。確かにこの新興市場から大手自動車メーカーを除外することはできません。自動車業界にはメーカーと相互に深い関係性を築いているサプライヤーが多数存在し、このネットワークは自動運転車両の進化に伴ってさらに重要性を増します。大手自動車メーカーとそのサプライヤーは自動車を大規模生産することができるので、これらメーカーとサプライヤーが、自動運転車両を消費者が購入可能な価格設定で提供したいと考えるかどうかが非常に重要になります。
一方で、自動車業界は全体像も考慮する必要があります。つまり、自動車業界がより低コスト、より高品質で消費者に製品を提供できるようにするためには、複雑な自動車関連スキルやコンピューティングのスキルのすべてをどのようにして実際の生産に適用できるレベルまで高めるのかを計画しなければなりません。
その一方で、テクノロジー企業は、遅れをとらずに進化のペースを維持できるかどうか、特定の自動車メーカーと戦略的提携を強化することが合理的かどうかといった問題について自ら問い続ける必要があります。次世代のコンピューターサイエンス企業とサービスプロバイダーは、自動運転車両の開発競争において重要な役割を果たします。彼らが培ってきたコンピューティングスキルが、自動車メーカーとその開発パートナーによる自動運転車両開発を次のレベルへと推し進めるのに必要だからです。
しかしながら、テクノロジー業界では長年の傾向として、Microsoftのデスクトップ、Ciscoのルーター、Googleの検索エンジンなど、市場ごとに独占的なプレーヤーが登場する状態が続いています。その点で、自動運転車両の市場は、1社や2社だけが独占するということにはならないでしょう。米国やヨーロッパ、アジアの各地域ごとに主要プレーヤーが登場するかもしれませんが、課題もその解決に取り組むことを期待される企業も多すぎることから、少数の企業しか生き残らないという状況は起こりにくいと予想されます。
代わりに、自動運転車両の市場が急速に発展していくにつれて、高い専門知識とスキルを備えたさまざまなバックグラウンドの人々が参入してくると思われます。今後数年間、市場の変化は非常に刺激的なものとなることが見込まれます。素晴らしい幕開けとなるでしょう。
著者:Matthias Bauhammer
DXC TechnologyのAnalytics Automotive Center of Excellence (COE) の責任者であり、自動 車業界における DXCの人工知能・分析プログラムのテーマ別の 戦略的開発プロジェ クトを担当しています。
参照資料